自分の人生にとって卓球とは

2006/10/01

秋季リーグ戦優勝おめでとう。
今回の優勝は最後の場面で、部員全員の執念と集中力がもたらしたものだと思う。
「絶対優勝したい」という気持ちがやる気を呼び起こし、開き直って思い切ったことにより
自分の力を出し切ることが出来た・・・と思う。
その結果、“勝利の女神”が微笑んでくれた。
一つの目標にがむしゃらに突き進み、ゴールすると
見えるものは新たなスタート地点である。
どんなことでも、仕方なしにやっていたら、良い知恵も浮かばないしすぐに疲れてしまう。
また、疲れるだけでなく、成果も上がらないし、全く時間の浪費である。
君達は志を持って卓球の道を選んだのだから、
喜びを持って躍動する心で日々の訓練にあたるべきだと思う。
だが、そのためには自分の中で卓球を心の底から愛さなければならない。
自分のその心(志と夢)に愛情を持って欲しい。
そうすれば、そこから卓球に対する喜びも、創意工夫も生まれてきて
大きな成果を生み出すことになる。
インカレ(8月)が終った直後のミーティングで
○人生の中で卓球をどのように位置づけているか
○どういう夢や目標を持って、これからどのようにやっていくのか
・ 「今月の言葉」 3年分
・ 「荻村さんの夢」
この二つをしっかりと心で読んで
1日/2時間 →5日間くらい、時間を与えるから
上記の2点を徹底的に考えてみなさい、
純粋に徹底的に考え抜いて、周りからの意見ではなく、
自分の真の気持ちをメモに残しておきなさい。
そうすればこれから先、惰性の練習がなくなるのではないか。
秋季リーグ戦に向って、再出発するための大きな起点になると思う。
ということを伝えた。
その後、徹底的に考えた結果の、全部員から提出されたレポートの抜粋
自分にとって卓球とは
人生の厳しさ、楽しさ、やり遂げる達成感
感動など様々なものを与えてくれた。その卓球をやっていることが当たり前だと思って
感謝の気持ちが無くなってきて、人間的成長が止まっているような気がする。
今回このような機会を与えて頂いて本当に良かった。
自分にとって卓球とは
今迄、生きてきた中で、常に自分の中心にあった。
そしてこれからも社会に出て行く中で、必要なものを教えてくれるものです。
自分にとって卓球とは
自分はまだまだ卓球を甘く考えている部分がある。
今の自分に何が足りないのか、自分をしっかり責め立てて、
奮い立たせることができれば、卓球に対して貪欲になれる。
明治大学に入ってから、どんどん意識が高くなり目指すところが変わってきた。
この意識の変化は、明治の選手みんなが意識が高いので
それに感化されてきたのだと思う。
自分にとって卓球とは
自分の生活の中で、卓球の位置は何よりも優先される特別なものです。
自分にとって卓球とは
それは自分が生活する上でなくてはならないもの。
とても大事なことなのに、今迄考えたことがなかった自分を不思議に思いました。
卓球というものは自分にとっての「財産」です。
卓球について考えたとき「やっぱり自分は一番じゃないとダメだ」と思った。
自分にとって卓球とは
明治を引っ張っていく選手になり、日本チャンピオンになりたい。
明治が卓球界の王者といわれるように精進したい。
秋のリーグ戦では「絶対に優勝」し、4年生を絶対胴上げしたい。
自分にとって卓球とは
私を成長させてくれたものであり、これからもそれは変わらない掛け替えのない
大切な存在です。
明治大学卓球部は私の人生において最大の試練であり、チャンスだと思っています。
自分にとって卓球とは
私をここまで育ててくれた親のような存在です。
感謝の気持ちや挨拶、卓球を通しての人間関係、仲間との友情
いろいろな人との交流など、将来においても重要なことであり、
一生の財産になると思います。