親切な学習環境・意地悪な学習環境~RANGE 知識の「幅」が最強の武器になる~より

2020/10/01

キャリアを形成していく上で大切なことは、早めに幼少の頃から専門的に特化していくか或いは様々な経験をし、
知識の幅を広げていく方が良いか。

タイガー・ウッズと、ロジャー・フェデラー。
ともに一流アスリートだが、歩んだ道のりは全く異なっている。

タイガーは生後数ヶ月の頃からゴルフに集中し、「意識的な練習」に取り組んできた。
一方フェデラーは、スキーやレスリング、水泳など、様々なスポーツを経験した後で、テニス選手となった。

研究によると、経験が専門的な能力につながるかどうかは、次のどちらに属するかによる。

・「親切な」学習環境
同じパターンが繰り返され、正確なフィードバックがすぐに提供される。ゴルフ、チェスなど
・「意地悪な」学習環境
繰り返しのパターンがあったり、なかったり、ルールが不明確だったりする。
病院の救急 治療室等

・クリエイティビティ(創造的独創的)の力を発揮して成功した人たちは、
ある分野で得た知識を別の分野に応用するのがうまい。
「意地悪な」世界ではこういった幅ができ、人生を生産的にするし、効率的にする。
・可能性は実際に行動することで発見できる。
理論ではなく、新しい活動を知り、新しいロールモデル(自分にとって行動や考え方の模範となる人物など)の発見によって、
人は可能性に気づき、自分がどんな人間なのか、学んでいく。

・タイガー・ウッズを生んだ「意識的な練習」
タイガーの育て方は、専門的な能力の伸ばし方をテーマとした書物等で、よく取り上げられている。
生後10ヶ月で、その子の身長に合わせて短くしたクラブを与えるとスイングの真似をした。
8歳の時、ゴルフで父親に勝った。
彼はただゴルフをするのではなく、「意識的な練習」に取り組んでいた。
よく知られている「1万時間の法則」で重視される練習法だ。

“意識的な練習”とは、
「最も良いやり方を明確に教え」
「やってみた結果に対して、有益なフィードバックと知識を与え」
「同じこと、あるいは同じようなことを何度も繰り返す」 練習法です。

この考え方に基づくと、当然ながら訓練は出来る限り早く始めなければならない。
この考え方はスポーツばかりではなく、いろいろな領域に広がっています。

・ロジャー・フェデラーを生んだ「体験期間」
一方、ある研究では「ゆっくり専門を決める」ことが「成功の鍵」だとする。
フェデラーのように、様々なスポーツを試してから専門を決める。
やがてエリートになる選手は、意識的な練習の時間は初期の頃は他の選手より少ない。
そのかわり、エリート選手は「体験期間」と呼ばれる時期に、様々なスポーツを体験していて、そこで幅広い身体能力を育み、
自分の力や性質を知って、そのあとで専門とする スポーツを決め、練習に取り組んでいく。

ゴルフでボールを打つと、飛び過ぎたり、曲がったりする。
選手はそれで欠点の修正に努力する。これを何年間も繰り返す。
これが「意識的な練習」であり、「1万時間の法則」や早期に専門に特化して、技術的なトレーニングが出来るようなタイプ。
学習者がシンプルに取り組んで努力すれば上手くなれるので、学習環境は「親切」と言える。

ところが「意地悪な」学習環境では、通常はルールが不明確か不完全で、繰り返し現れるパターンが、あったりなかったりする。
組織行動学を研究するエリック・デーンは、「1万時間の法則」で推奨される事とは正反対で、一つの領域内で取り組む課題を
多様なものにすること。そして「片足を別の世界に置いておくことだ」と言う。

成功した科学者は、音楽や彫刻、絵画、詩作などを嗜んでいることが多い。
逆に創造的、独創的な発想を発揮できない人は、専門分野以外に芸術的な関心を持っていなかった。
成果を上げる人は、狭いテーマにひたすらフォーカスするのではなく、幅広い興味を持っている。
「この幅広さが、専門領域の知識からは得られない洞察を生み出す」と言っている。

ここで卓球界について、みてみよう。
日本の卓球界からは、過去13人の世界チャンピオンが生まれた。
その中で2度世界チャンピオンになったのは、荻村伊智朗、田中利明、松崎キミ代の3選手。
荻村氏は、小学生時代から野球に夢中で、体操競技等もやり、卓球を始めたのが高校生になってから。
田中氏は、同じく野球のピッチャーをやり、スキーやスケートもやっていて卓球を始めたのは中学2年の時。
松崎氏は、小学校3年の頃ドッチボールをやり、ソフトボールではサードを守り、守備力と強肩でならし、
遠投では男子顔負けだったとのこと。卓球を始めたのは中学2年の時。

3氏とも卓球を始める以前には他のスポーツで身体能力を鍛え、体のバランスや、自分の性格の特徴を知ったり、
精神力も鍛えていたのである。

そして卓球を始めてからは、1日10時間以上は当たり前。
朝の9時から夜の9時頃まで卓球場に入り浸るのは日常的で、その間ランニングやトレーニングも欠かさず行っていた。
そしてなんといっても卓球が好きで好きで夢中になり、やりたくてやりたくてたまらない。
自分で考えて、自分で研究して、厳しい訓練を自分に課して、それが楽しみになっていたのである。
その当時は指導者もあまりいなかったし、指導者に頼る選手もほとんどいなかった。

また、オリンピックや世界選手権でチャンピオンになった、スウェーデンのワルドナー選手は、卓球を始めたのは6歳だったが、
選手として活躍中にも合宿中にトレーニングとしてサッカーや室内ホッケーやゴルフなどを取り入れ、卓球の訓練中は凄い
集中力でやっていたとのこと。

成功した人は、ある分野で得た知識を別の分野に応用するのがうまく、
外部の経験を活用し、従来の解決方法に依存しない。
「意地悪な」世界では、「レンジ(幅)」が人生を生産的、かつ効率的にするための術となる。
そして「いろいろな自分」を試すことが重要だ。
もちろん長期目標は必要だが、実際の経験に応じて方向を変える。
そのためには自分に最適な方法を高める行動として「短期計画」が必要になる。

ロンドン大学ビジネススクールのイべーラ教授は、「まず行動、それから考える」そして、
「可能性は実際に行動する事で発見できる。
新しい活動、新しいネットワーク構築、新しいロールモデルの発見によって、人は可能性に気づく」
自分がどんな人間なのか、実践を通して学ぶ。
理論からではない。…と言う。

タイガー・ウッズ型の道筋には、寄り道や幅、実験はほぼ存在しない。
タイガーの育て方が人気なのは、そのやり方がシンプルで不確実性が低く、効率が良いから。
これに対して、実験を続ける道はシンプルなものではないが、しかしそれは多くの人が歩む道で、得るものも多い。

《参考》
RANGE 知識の「幅」が最強の武器になる
デイビット・エプスタイン著 (アメリカの科学ジャーナリスト)

さて皆さんは、「親切な」学習環境と「意地悪な」学習環境、どちらの学習環境を選択したいと思いますか?

私は「意地悪な」学習環境の方が、自分の人生を成功させるためにも、卓球の道を極めるためにも、幅が広がるし、
思いもしなかったような“突き抜けた何か”を手にすることが出来るに違いない・・・と思っている。