私の素質論

2015/11/01

『私の 素質論』

私の素質論は、
「あらゆる素質の中で、最も大事な素質は、努力することができるかどうかという素質である」
というのが、今まで明治大学の監督として、また、日本代表のナショナルチームの監督として、
何百人もの選手を育ててきた私の結論であり、持論です。

素質━体力がある、頭が良い、足が速い、カンがいい、俊敏 など、
あの選手は本当に素質があるな・・・日本チャンピオンにも、世界チャンピオンにも、
可能性がある、と思って期待した選手が、努力が足りないために、
余り伸びないで途中で消えてしまった選手を何人か見てきた。

一方この選手は、体は固い、足は遅い、カンが鈍い、積極性がない、
しかし、頭が下がるほど、努力に努力を重ねて、とうとう日本チャンピオンになった、という
選手が、私の教え子にも、数人いる。

才能という能力を分析すると、
「知識力」「洞察力」「理解力」「分析力」「計算能力」「記憶力」などがあり、
スポーツ選手でいえば、
上述のほか「体が柔らかい」「瞬発力がある」「勝負度胸がある」など、いろいろあります。
その他にも「人の心を読む」という能力もあります。

そのような能力の中で、
「努力することができる」という能力が、最も重要な能力である・・・というのが、私の持論です。

このことはスポーツでも仕事でも同じです。

人生を決めるのは、能力ではなく性格である・・・と言われています。
そして、最も大事な資質は諦めないという性格である。

だから“努力は才能に優る”というのが私の持論です。

その実例として、『ちょっといい話』 を紹介します。

世界選手権まであと1年8ヶ月と数えたある日、
ドイツから、一人の無名選手が日本代表候補合宿所にもぐりこんできた。
18歳の彼は、親に3年間卓球をやる許可をもらい、
6ヶ月アルバイトをした40数万円を持ってやってきた。
もちろん、ドイツのナショナルチームのメンバーに入っていない。が、
『世界選手権でチャンピオンになりたい』という。

航空チケットを買って、残った金も20万円。
彼はこの金で、ビデオを買いたいという、手元にはいくらもない。

『チャンピオンになりたい』という、この無名の男を受け入れた日本の監督は、
まず、彼に条件をつけた。
『日本代表の女子選手全員に勝つまで男子とはやらせない』、と。
1日たち、2日たち、3日目に、彼は監督に、「まだ男子とやらせてくれないか?」
「だめだ、君はまだ内山に勝っていない」その日1日中、彼は内山と試合をしていた。
涙をポロポロ出しながら・・・。

『日本の水はおいしいから・・・』と、水を飲んで、
なけなしの金で買ったビデオを見ながら、自分のプレイを研究していた彼。

その日の練習の終りに、「君のレシーブは、バック側にきたサービスに対しては、
必ずツッツいたり、バックハンドで軽く返すことしかできない。
レシーブから回り込んで、強攻していけるようなレシーブのかまえが必要だよ。
下がって、充分な体性で待っているカットマンを打ち崩すのは大変だよ。
前にいるカットマンは崩しやすいよ」 
「わかった、やってみる」その夜、彼の部屋は遅くまで電気がついていた。

次の日、彼のレシーブ位置は、バックサイドよりに・・・。
レシーブからファアハンドのドライブレシーブをかけた彼は、はじめて内山選手に勝った。
「ボス、やったよ」と報告にきた彼の晴々とした顔があった。

食事の時に、日本選手や、コーチ陣が肉や野菜を少しでも残すと、
「もう食べないのか。これ、もらってもいいか?これで一食たすかる」と言って食べていた彼。
練習の時から、自分のプレイをビデオ撮影して、その一本一本を消さずに持ち帰った彼。
2週間の間に、大学ノート7冊に、びっしり書きこまれたアドバイスや反省を書きとめた彼。

1年8ヵ月後、ドルトムント世界選手権の男子ダブルスの表彰式直後、
金メダルを胸に、「ボス、ありがとう」と日本選手団のいる観客席にかけてきた彼。
彼の名は、ステファン・フェッツナー。

野平孝雄元日本チーム監督談
「ナショナルチームのメンバーにも入れないのに、ドイツの代表になりたいというのではなく、
『チャンピオン』になりたいという意気込み。
ドイツという豊かな国の人でありながら、水を飲み、
日本選手の残り物を食べてがんばったエネルギーがメダルを獲らせたと思いますね。
決心次第でチャンピオンへの道を開く、
卓球の、あるいは、スポーツのすばらしさをあの選手は教えてくれましたね。
日本チームは、メダルなしでしたが、正直うれしかったです。
日本にも早くこういう青少年が・・・、と念じますね」