選手と指導者の関係

2001/8/01

スポーツの世界ばかりでなく、どんな世界でも同じだと思うが、指導者としての役割は
単なる選手づくりではなく、スポーツ(それぞれの道)を通しての人間づくりである。
もっとも私は「選手を作る」という言葉は大嫌いである。
指導者にも「運」がある。
心底、卓球が好きで好きで、そして人一倍努力することが出来る素質を持ち、
高い目標を持った選手にめぐり逢えた指導者は、
本当に「運」がいい、幸せな指導者である。
そういう選手を世界で活躍する一流選手に育てるのだ。
決して作るのではない。
その為に指導者は、選手以上に勉強し、常にアンテナを張って、
国内はもちろんのこと、中国やヨーロッパなど世界中の正確な情報を得たり、
他の競技の指導者との交わりを持ったり、世の中で成功した人の話や本を読んだりして、
それらを自分の体験してきたことの中に吸収して、消化して、
そしてそれを総動員して、選手に刺激を与え続けるのである。
時には、選手の尻を叩くこともある。
だがそれは、その選手に愛情を持っているからで、選手自らが、より向上する楽しみと、
その方法を身に付けさせるための愛のムチである。
今、ドイツのミュンヘンで柔道の世界選手権大会が行われている。
強化委員長の上村春樹氏は、モントリオール・オリンピック(‘76年)の無差別級の
金メダリストであり、元明治大学柔道部の監督だった。
彼の少年時代は意外にも「ただの肥満児だった」とのこと。
中学3年の頃、身長160cmで体重100キロ。
100mを走れば20秒もかかり、懸垂に至っては1回も出来なかった。
それが世界王者になったキッカケは、高校時代に出会った指導者に、「毎日走れ。」
それから柔道の基礎を徹底的に仕込まれた。
そして体重は、20kg減った。
柔道人生第二の節目は、明治大学1年の時に補欠で出た試合の1回戦で、
締め技をかけられ、気絶してしまった。
失意の彼に当時の神永監督(私の監督仲間だった)は、
「人並みにやったら人並みにしかならない。」と助言した。
「ハッとした。
人の二倍、三倍は無理としても、毎日20分だけでも余計に練習しようと考えた。」
一日20分の練習は、年間では120時間。
一日3時間練習するとして実に40日分だ。
体育会の一年生は、先輩の世話がある。
自分の時間は余りない。
電車の中で、つま先立ちをするなど、あらゆる機会をとらえて、
来る日も、来る日も、自分のためになる練習を続けた。
そして創意工夫をしながら、毎日、最悪の場面を想定しながら自らを追い込んで練習した。
その結果、日本に初めての無差別級の金メダルをもたらしたのである。
「負けた時、これまでやってきた自分を慰めるのか、それとも、どこが悪かったのか…
 と考えるのか、ここで差が出る。」
「結局はヤル気のあるなし。強くなるには目標意識を持つこと。
自分の限界を勝手に決めるのは1番良くない。
疲れた後の一踏ん張りが本当の稽古になる。」
と彼は言っている。
不可能ということは、ほとんどない。
やる前に出来ないと自分が決めただけであり、やろうとしないだけである。
何事も自分が不可能と思ったときにだけ不可能になる。
それは努力を止めてしまうからである。
決意と努力が不可能を可能にするのである。