チャンスを見つめると「一寸先は光」となる

2017/8/01

『チャンスを見つめると「一寸先は光」となる』
(自分で自分を褒められれば本当の喜びが生まれる)
インカレ優勝おめでとう。
今回はジャパンオープン、中国オープン、関東学生選手権など
過密なスケジュールで大会が続き、主力選手が体調を崩したり、
大変な状況になったが、ほんの短い期間にモチベーションを引き上げることが出来、
部員全員が一体感を持ってインカレに向け集中することが出来た。
今回はミーティングで「球際に強くなれ」という話をし、
これをキーワードに戦おうと誓い合った。
専大との決勝戦で、選手たちはよく動いてすばらしいラリーの応酬を制したことが
数多くあった中で、特に森園が3回、酒井、龍崎が2回、渡辺が1回、
これは抜かれた…と思うようなボールに対して飛び付き、
球際に強く、あっと驚くような返球をして、試合を有利に導いた。
今回「明治の優勝は難しい」という風評の中、
高山監督、コーチ陣と選手との信頼関係がより大きな一体感に結び付き、
大きな成果につながったと思う。
危険や危機を見つめると「一寸先は闇」になる。
しかし、チャンスを見つめると「一寸先は光」になる…ということを実感として、
私自身も新たな体験をさせて貰った。
君達の明治大学卓球部の先輩に落語家の三遊亭小遊三師匠がいる。
日本テレビの「笑点」という人気番組に出演していて、
現在彼のことは日本人の殆どの人が一度は見たことがある…
といわれる位、認知されているでしょう。
その彼は会う度に私が荷物を持っていると「監督さん、私が持ちます」と言って
断る私から強引に持ってくれる…こんなに有名人になっても義理堅い男です。
大学出が落語家になんかなれるわけがないという時代(風潮)の中、
彼は本当に並々ならぬ努力の末、今日の地位を築き上げてきました。
落語というのは小道具を使って演じることはなく、
扇子と手拭だけで、それをどうやって本物に見せるか、
噺で刀を抜く場面があるとしたら、扇子を抜いて、
はなしの中
それがお客様には刀に見えなければならない。扇子に見えたのでは何もならない。
手拭を財布に見せたり、手紙に見せたり、その動作とか形が悪かったら、
お客様に伝わらない。
煙草の吸い方一つにしても侍と町人は全然違う。
そうやって我々観客にイメージをふくらませられるかが勝負だそうです。
歌舞伎を見たり、いろいろな芸を観て、その仕草を勉強し深く深く自分の芸を磨いていく。
どんな世界でも、一流になるためには苦労に苦労を重ねて、
自分の進むべき道を切り拓いていくのである。
その小遊三氏の先輩で落語芸術協会会長の桂歌丸師匠が若い頃、
師匠や先輩からたくさんのことを教えて頂いた。
その中で印象に残っていることは、
「褒めてくれる人は敵と思え。教えてくれる人、注意してくれる人を味方と思え。」と言われた。
この言葉には続きがあって、
「褒める人というのは、芽が出てきたときに、プツンと摘んでしまうことと同じだ。
褒められると、自分はそれで良いと思ってしまう。
教えてくれる人、注意してくれる人、こういう人が足元に一所懸命肥料を与え、
若木を大木に育て、花を咲かせ、実らせようとしてくれているんだ。」…と。
もちろんこの言葉には含蓄もあり、素晴らしい教えであるとは思いますが、
しかし私は、良いところがあれば、先ず褒めることが大事だと思っています。
人の道というのは、横道もあれば裏道もあるし、回り道もある。
そこに入ってしまったときには、なるべく早く気付いて元の道に戻って進んでいく。
自分の選んだ道を真っ直ぐに歩いて行くべきだ。
伸びていく人と挫折してしまう人の差はどこにあるのかといえば、
それはやっぱり自分自身。自分自身の勉強の仕方、努力の仕方。
しっかり基本を教わったとしても、それから先を掴むのは自分次第。
その基本をどう使っていくかは、自分を知らなければできない。
もちろん伸びていくには運もある。いい人との出会いがあって引っ張ってもらう。
運も引きもやはりその人自身です。
「彼は本当に願晴っているな。」と思われれば、
必ず誰かが見ていて、引っ張ってくれるもの。
喜びというのは、人から褒められたときよりも、
自分が自分のことを褒めて上げられるようなときに本当の喜びが生まれるのである。