言葉には力がある!

『言葉には力がある!』 「惜福・分福・植福」幸田露伴に学ぶ言葉には強い力がある」と私は常に力説しています。 「惜福分福植福」という言葉があります。 これは、明治の文豪、幸田露伴が「努力論」で主張したものです。 人間は誰でも幸福になりたいもの「幸福」こそ、人間にとって最大のテーマで、 露伴は、成功者と失敗者を徹底的に観察し、 「どうすれば人は必ず幸福になれるか」という考え方ではなく、 「どういう心がけで生きれば人生を肯定的にいきられるか」を説きました。 露伴の書いた本のタイトルが「幸福論」ではなく、 「努力論」であったことに、私は興味を持ち、面白いと思いました。 幸福不運は、気まぐれや偶然のものではなく、自分の生き様によって引き寄せるもの。 「失敗したら必ず自分のせいにせよ」露伴が説いたシンプルなこの一言は、 人生を後悔しないための何よりの要訣です。 失敗不運自分のせいだと考えて学び続けた人間と、 他のせいにして気楽に過ごしてきた人間とでは、運の良し悪しが大きく開いていきます。 露伴は、幸福を引き寄せるために「幸福三説」という3つの工夫を主張しました。 ① 「惜福」とは、福を使い尽くさないこと。 その福の一部を、巡ってくる運にお返しするような気持ちでとっておく。 その心掛けが、再度運にめぐり合う確率を高くする。それが「惜福」です。 ② 「分福」とは、自分に来た福を、他に及ぼしていく積極性がなければならない。 自分ひとりの幸福はありえない。周囲を幸福にすることが自らの幸福につながる。 ③ 「植福」とは、将来にわたって幸せであり続けるために、 今から幸福の種を蒔いておくこと。精進努力し続けること。 自らが蒔いた種が芽を出し、今の自分を創っている。過去を書き替えることはできないが、今から良い種を蒔き努力し続ければ望ましい未来につなげることができる。 「福を論じて最も重要なのは植福である」と露伴は言っています。

人は「運の力」をいただいて生きています。 どんな人にも、幸運不運が波のようにやってきて小さな波が続いた後、 どんと大きな波がやってくることが人生には何回かあり、 明らかに法則があるように感じます。 自分の運気が上り坂か下り坂かを直感で解るようになるには、 「立ち止まる習慣」が大事です。ひと言で言えば「ジタバタしない」ということです。 上り坂は上り坂の風景、下り坂は下り坂の風景を味わうしかない。 もし自分が、今、報われてないと感じているなら、報われるときを待つ力が重要です。 モチベーションは、今では共通言語になっていますが、「やる気」とか「動機づけ」のことです。 モチベーションというのは、放っておけば自然と下がってしまい持続させるのは難しいです。 そして、モチベーションの特徴は、人によって異なり、人それぞれのスタイルがあります。 じっくり燃えるタイプもあれば、いきなり燃えるタイプもいるので比較しないことが大事です。 もう一つの特徴は「変わる」ということです。 今のモチベーションが1年後、2年後には変わっているかも知れない。 モチベーションは自分で意識するとコントロールすることができます。 報われなくて「やる気」が涌かないときは、元気が出る人に会いに行く、思い切り体を動かす、好きなことに熱中するなど、自分なりの工夫をしたマネジメントを試みればいい。 内面から動機づけを得られ、心の底からモチベーションを噴出させてくれるものは、「ありがとう」を言われたとき自分の成長を実感できたとき今のままやっていれば、大きく伸びると感じたとき人のために役に立ったと感じたときモチベーションは、自分でコントロールしつつ、報われるときを待つことです。

人間の価値というものは、金銭とか、生まれとか、学歴で計るのか? そうではない! 人間の本当の価値は、その人間が生まれた後、 親からもらったもの以外に、どれだけ付加価値をつけているかどうかで決まるのです。 だから、どれだけ自分で努力して、付加価値をつけているかということが重要なのです。

運命をも変えてしまう言葉の力、多くの無限とも言われる言葉と出会う中で、 あるとき、ストーンと心に落ちる言葉がある。 心の土壌に、言葉の種が上手く合致したときは、 その言葉は、その人の心の中で大きく育ち、その人の運命をも形作っていくものとなる。

心の食べ物は言葉です。 人は昔から言葉を心の糧として生きてきた。 良い言葉を食べていると、心は生き生きとして元気が出てくる。 できるだけ良い言葉、良い教えに触れ、それを糧として心術の工夫をしていきましょう。

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