本気になった人間は強い

並木、関東学生新人選手権優勝おめでとう。

白木(2位)、藤井(3位)も入賞おめでとう。 

苦しい闘いをよく頑張った。 健闘をたたえたい。

柳田を始め他の選手達は、この敗戦の悔しさをバネに、より一層の精進を期待したい。

今年の4月は、この新人戦を非常に楽しみにしていたが、もう一つ興味を持って見守っていたのが、柔道のシドニー・オリンピック最終選考大会となる全日本体重別選手権だった。

古賀稔彦選手は、バルセロナ・オリンピックを制し、世界選手権で3度金メダルに輝いた。

今、30歳を超えてアトランタ・オリンピックの決勝で感じた負い目になんとか決着をつけたい…

その試合は、中盤まで圧倒的に有利だったのに、残りの時間をしのげばいいと逃げてしまった。

そんなずるい戦い方をした自分が許せない。

シドニーを目標にして、その課題をなんとか克服したい…。

体力は衰えても心が充実していれば実力は出る。

心技体は、それぞれ100必要というのではなく、3つ揃って100と考えている。

だから体と技術は、それぞれ10しかなくても、心が80あればいい…。

と言って4度目のオリンピックに挑戦したいと言っていた。

高校3年で世界チャンピオンを破って注目され、

ソウル・オリンピックで金メダル確実と期待されながら3回戦で敗れ、

この挫折を機に柔道感が一変し、自らの意志で何事にも取り組むようになった。

冷静になって敗因を考えた結果、3つのことが浮き彫りになった。

1. 調整段階で、オーバーワークになっていた。

練習のしすぎで本番で下り坂になってしまっていた。

2. 練習はコーチに言われるまま、ただこなしていた。

自分の意志でやることが少ない。 これでは本番で力を発揮出来ない。

3. 周囲からのプレッシャーでマイナス思考になっていた。

その後は自分で練習メニューを作り、日本の為ではなく、

自分の為にやっていることを忘れないようにした。

翌年、ベオグラードの世界選手権で金メダルを獲得し、

小学生の頃から抑えていた初めての涙を流した。

‘92バルセロナ・オリンピック日本選手団主将。

試合10日前の練習で大ケガ(2ヶ月の重傷)をした。

「なんでこんな時にケガを…」と一時は落ち込んだが、その痛みに慣れた時、

優勝したいという気持ちが優勝出来るという確信に変わった。

「ケガで雑念が吹っ切れた…」と彼は思った。

体が動かせず体重を5キロしぼる為に絶食し、鎮痛剤を何本も打って挑んだ試合。

まさに奇跡ともいえる金メダル獲得だった。

そして4年後のアトランタ・オリンピックの決勝戦で逃げてしまった。

勝負の世界に生きていると、いつも強い自分と弱い自分がいる

その試合では最後の最後に弱い自分が顔を出した。

要するに、「弱い自分に負けてしまったんです。」

「課題を残したままで辞めるわけにはいかないんです…。」

と言って4度目のオリンピックに挑戦した。

そして彼は選考大会で敗れた。 4/26の引退会見では、

「これ以上吸収できないくらい充実感があり未練はない。」

「腹いっぱい競技者人生が出来た。」

「絶対に諦めてはいけないということを教えられた。柔道が私の教科書だった。」

「平成の三四郎」と呼ばれた古賀選手は、達成感に溢れた表情で25年余りにわたった

柔道人生の選手としての幕を閉じた。

本気になった人間は強い

人間、本気になれば何でもやれないことはない

本気になるということは、性根が座るということだ。

土壇場に立たされた時、そこから「何くそ!」と奮起する。

そこから奮起した人間は強い。

少々のことではへこたれない。

愚痴もこぼさない。

やるしかないと自覚しているから寝ても覚めても、ただ一筋に、という生活が始まる。

このように人間、本気になれば天(something great)が応援団となり、

運勢も好転していくことは間違いない。

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