日々の積み重ねが未来を創る(西澤・工藤両選手に学ぶ)

今、中年の星として多くのファンに期待されている2人の現役選手の原点を見つめてみよう。

ボクシングの西澤ヨシノリ選手。野球の工藤公康選手である。

プロボクシング界で「中年の星」と呼ばれ、絶大な人気を誇っている

ヨネクラボクシングジム所属の東洋太平洋ライトヘビー級前王者の西澤ヨシノリ選手(41歳)。

西澤選手は20歳でプロデビューし、31歳で日本ミドル級王座に就いた遅咲き。

東洋太平洋スーパーミドル級王座は通算3度獲得して3度防衛。

昨年の同ライトヘビー級王座獲得で、国内2人目の東洋太平洋2階級制覇を果たした。

先月の3/8久し振りにヨネクラボクシングジムを訪ねた。

米倉会長とは大学時代のクラスメイトで、今でも心友として親しく付き合っている。

西澤選手は先般のタイトルマッチで負けた後なのに、そんな気配を微塵も感じさせず、

一心不乱にトレーニングに励んでいた。

「おお、西澤、相変わらず元気でやってるな!」と声を掛けたところ

「あ、児玉社長お久しぶりです。」と言いつつ駆け寄ってきて

明るい笑顔で将来の考え方について語ってくれた。

彼は今迄、鼻・あご・ひじ・手首・肋骨など合計13回も骨折して、手術を繰り返している。

ボクシング界では2~3箇所骨折したら、選手生活を諦めるのが普通だが

彼は転んでも転んでも立ち上がり、挑戦し続けてきたのだ。

スポーツ医学の権威である、千曲中央病院の名誉院長、吉松俊一氏が測定した

西澤選手の身体能力は驚異的とのお墨つきである。

「若いころより体はキレる」

「軽井沢合宿のロードワークも、昔よりタイムがよくなっている」

というのは、彼の肉体が本当に進化し続けている証ではないだろうか。

彼は試合前には、必ず軽井沢でのトレーニングスケジュールを入れ、

徹底的に身体を鍛える。周囲の雑音に惑わされず、自分と向き合う時間が持てること。

その時間の中で、自分の体力や気力を測り、自分の状態を確認する、

そのことが大きな意味をもつそうだ。

しかし、日本ボクシングコミッション(JBC)は、西澤選手に対し

「現役を続けるのは危険もある」として引退勧告を行った。

JBCはプロボクサーの年齢を37歳未満と制限しているが、西澤選手は特例で

現役続行が認められていた。

昨年11月、国内最年長の40歳で同級王者についたが、

1月30日の初防衛戦は判定で敗れ、その試合の結果、引退勧告が出された。

西澤選手は記者会見で「(引退勧告に対し)約束だから、素直に受けます。

だが、オーストラリアやフィジー、米国などで新たな挑戦をしたい」と現役続行に意欲を見せていた。

彼は、今後、オーストラリアに渡って試合をし、勝って日本のリングに

再び上がれるようにJBCと交渉する、ということを考えている。

その執念と前向きな姿勢に私は感動した。

工藤公康選手は、今年でプロ入り26年目のシーズンを迎える。

これまで西武で8回、FA移籍したダイエー、巨人でも日本一を経験し

「優勝請負人」という代名詞まで持っている。

43歳の球界最年長ながら、気持ちも新たに、横浜で“ハマのおじさん”として一からのスタートだ。

彼が今日までプロとしてやってこられたのは、最初の西武で厳しさを叩き込まれたからだという。

練習も半端じゃなかった。「百メートルダッシュ百本いくぞ!」と言われ、

「エッ、冗談だろう?」と耳を疑ったが、コーチは真剣だった。

「これで故障してしまうような選手ならいらない。他にも選手はいる。」

今、同じ練習をやれと言われて、できるものではない。

できる選手は現役にどれだけいるだろうか。

キャンプでは練習が終るとシャワーも浴びずにユニホームのまま寝てしまったこともあった。

それでも、広岡監督は、ピリッとしない工藤選手に業を煮やし、米教育リーグ行きを命じた。

そこで目の辺りにしたのはメジャーを目指す若手、降格したベテラン選手のギラギラした目だった。

凡プレーをすれば荷物をまとめてその場を去らなければならない。

プロは肉体以上に精神的な強さが求められる。

「もう無理だ」と思ったところからやらされる練習の中で何が生まれるか。

そういう思いの無い人間はやはり生き残れないだろう。(日本経済新聞 「こころの玉手箱」抜粋)

この二人に共通するのは、若いときに限界に挑戦して鍛え上げた体力と精神力の強さ、

そして、その自分の財産を持続させる努力である。

そして、明るさと前向きな執念

学ぶことは数多くある。

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